戦国大名・伊達政宗と慶長遣欧使節団を率いた支倉常長が1膳のお箸になりました。
食品衛生法適合塗料を使用しています。
先端と持つ場所に凹凸があり、つかみやすくしています。
【宮城伝統こけし】
約1300年前の奈良時代(710年~794年)、国家安泰を願う称徳天皇(718年~770年)の発願によって陀羅尼経(だらにきょう)を納める百万基の小塔「百万塔」が造られました。こけしの歴史を遡ると、最古のこけしと考えられるのがこの百万塔です。
その後、近江国において惟喬親王(844年~897年)がろくろ挽きの技術を伝え、指導を受けた木地師達が日本各地に移り住んだことにより、こけしが発展したと言われています。さらに、安土桃山時代(1573年~1603年)になると東北地方にも木地師が住むようになり、そこで作られるようになったこけしが宮城伝統こけしのルーツといわれています。
宮城伝統こけしの5系統のうち、発生年代が早いのは遠刈田温泉を中心に栄えた「遠刈田系こけし」と考えられています。当時、山村に暮らす木地師たちは椀や杓子、あるいは盆などの生活に必要な木器具を作り、温泉場を訪れた人のお土産品として販売していました。
その一方で、木地師は木器具だけでなく徐々に子どものおもちゃも作るようになり、自分の子や孫に与えていたそうです。このように、子どもに与えていたこけしはやがて湯治場で販売されるようになり、明治中期になると大人の鑑賞用としても親しまれ、宮城伝統こけしとして広まっていきました
¥1,029(税込)